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個性をのばす教育って?

ある日のことである。
私はある人と中学受験の話をしていた。
我が家の近くには(ほんと徒歩圏で)、ある私立中学校がある。
偏差値もまあ高くって、
「もっと成績がよければねー、こんなに近くに学校があるんだけどねー」と、おちゃらけていたわけである。
その学校は、受験日などの兼ね合いで、たぶん息子は受験しない、だろうと思っている(今のところはね)から、説明会などにも行ったことがない。なので、その学校の印象っていうのは、私にはないのよね。ただ、外からみたら、制服がない、とか、推薦枠が何種類かあるらしい、とか、まあ、そんな知識しかもっていないわけだ。
それで
「あの学校は制服がないのよねー、で、小ギャル(古い?)みたいなかっこうをしている子もたくさんいるけれど、バスなんかで乗り合わせると、勉強してたりするんだよね、いやーえらいねー」
なーんて言ってみたわけである。
そうすると
「へええ、個性を大切にしてくれる学校なんですかねえ」と。
私は打てば響くような性質ではない。でも違和感を感じたら、あとあと考えたりする。そのときは、へっ?と思っただけで過ぎてしまったのだけれど、なんだかとってもおかしな気分がして、心にひっかかっていたのだった。
会話の相手はとてもいい人で、教育にも熱心である。勉強だけでなく、子どもの成長をぜんぶひっくるめて、大切に思っている人である。
しかし、個性を大切にするって・・・なんぞや?
まさか制服がない、ってことに反応したわけではないだろうけれども、制服がない、自由な校風、個性の尊重などなど、一瞬で感じたのだろうかな、とも思った。
でもさ、制服の有る無しなんて、関係ないと思うけどね。
娘がお世話になっている中学は、服装にとってもきびしい。スカート丈にしても、靴下、靴、カバン、すみずみまで厳しく管理されている。だからといって、個性が大切にされていないわけではないのよね。
個性を大切にする、個性を尊重する、個性を伸ばす、などなど、「個性」がらみでいろいろあるけれど、どうもうさんくさいなあと思うことが多い。たとえば、個性をのばすといいながら、単なる手抜きだったりする場合も多いのではないのかな。
子ども達はそのへんをしっかり見抜くから、大人の怠慢につけこんでわがままになる。

そして、もう1つ。
私がその人の言葉に違和感を持ったのは、「個性の尊重」なーんてくいついてきたからだ。そして、「そういう中学なら、わざわざ受験してもいいですかね」という様子を感じ取ったからだ。その裏には、私学は勉強をつめこんでいるだけでなはいのかっていう誤解さえ潜んでいるように感じたからだ。
・・・そんな・・・それだけのわけはないだろう。
そして、つめこんでどこが悪いのだ、とも思う。

私は自分の子どもに、集団で生活するうえで、ルールを守る事、ときには自分を律し、時には妥協し、時には主張し、人と関わる姿勢の基本を身につけていってほしいと思うし、同じ年代の子ども達が大勢で1つの場=学校で生活しながら、そこも学ぶからこそ、学校は子どもにとって素晴らしいものなのだと思う。
個性うんぬんはそこと共存できる。いやなのは個性をわがままを混同してしまうことだ。

厳しいルールがあって、たくさんの課題があって、その中で個性は育つものだと思う。
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